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和印 ニュース
WA-JIRUSHI  NEWS

夏野姉妹と和のある風景⑦「夏野姉妹と新たなる日常」

2024.09.02 (月) 

「私もそう思いますよ」
 突然の声とともに、宣伝部の柏田課長が入ってきた。
「途中入室をお許しください。……確か、弁護側としては二人まで入室して良い決まりでしたよね? なので、私も加わらせていただきます」
「課長……」
 美雪の視線に、柏田課長はにこやかに頷く。
「総合陳列を任されているのは、我々宣伝部です。いくら業務命令とは言え、強制撤去という方法は暴挙としか思えません」
「貴様まで……何を言うか!!」
「まあ、そこまではいいとしましょう。しかし、その後飾られたTシャツがいけない! 和装用のトルソーをそのまま使って、胸に『SALE』とプリントした安っぽいTシャツを着せただけ、周囲の装飾もなくバーゲン誘致には程遠い稚拙極まりない演出! あれで一日あたり一万人は他店に流れたでしょうね」
 柏田課長が嫌味十分に言い放つ。
「何を言っとるか!? そんな根拠も何もない話を、誰が信じるんだ!?」
「根拠ですか? ……愛鈴さん」
 柏田課長が今度は夜美に振る。
「はいはーい。ではここで店全体の来客数の推移を発表します。バーゲン体制に入るとともに、各フロアは着実に来客数を伸ばしています。しかし、この妙チクリンなTシャツに変わってから、そのフロアだけが15パーセントほど来客数を落としているんですね~。これを全体の動員数に換算すると一日約一万人ほど。一日一万人のお客さんを逃すということは、一人あたりの購買金額を二千円とすれば、実に一日に二千万円もの売り逃しをしていたってことになるんですね~。おーこわ」
「バカ言うな!! そんなものはただの推測に過ぎん!!」
 師岡本部長の反論に、美雪が力強く返す。
「モノを売るってことは、推測に基づいて計画を立てるものじゃあないんですか? もちろん、キチンと傾向分析した上での推測でなければなりませんが、少なくとも先程柏田課長や愛鈴さんが仰った売り逃し予測値は、当たらずも遠からずだと思います。……皆さん、いかがでしょうか?」
 一瞬、静まり返る室内。
 と、社長がひと言口を開く。
「……もう、決を採ってもいいんじゃないか?」

「では、採決に移りたいと思います。しばらくお待ち下さい」
 そう言うと進行役の総務係長は、奥に陣取っている社長以下委員会メンバーのところへ歩み寄り、皆の意見をまとめ始めた。
 その様子を、固唾を飲んで見守る美雪や呉服部の面々。
 雄介は……少し俯いている様子だ。

「……お待たせしました。それでは結果をお伝えします。査問の結果、師岡本部長の指示した内容が浴衣売場の減収の要因となった公算は極めて高く、尚且つそれは店全体の減収にもつながったという見解です。従って、師岡本部長の指示を不当なものとみなし、処分対象といたします」
「ちょ……、ちょっと待てお前! そんなことが許されると思ってるのか!?」
 この期に及んで、まだ権力を笠に着ようとする師岡本部長。
「本部長。私はこの委員会の進行役です。たとえ相手が社長であろうと、適切な発言をいたします」
「な……、なんだと~~~!?」
「加えて、その業績悪化の責任を取らされる形で決まった久保雄介くんの出向は、取り消しといたします」
「オーーーーー!!」
 呉服部の面々から歓喜の声が上がる。そして、美雪も心底ホッとした表情で雄介を見遣る。
 しかし、当の雄介は厳しい表情のまま。
「……久保さん?」

 ここで、雄介がゆっくりと立ち上がる。
「……ありがとうございます。ただ、本部長に全責任を負わせるようなことは止めてください」
「え……?」
 夜美が目を丸くして雄介を見る。師岡本部長も、唖然とした表情で雄介のほうへ視線を移す。
「売上の低迷は、あくまで売場責任者だった私の責任です。だから、出向が取り消されたとしても、私に何か罰が与えられることは当然の処分だと考えています。……ただ、今後は会社全体として、お客さんの方をしっかりと向いて、私利私欲とか凝り固まった考えとか、そーいうのはなしにしてどこの売場も盛り上げていけるように、今度のようなことが二度と起こらない体制にはしてほしいです。……以上です」
 そう言うと、また静かに着席する雄介。美雪の目から、思わずポロリと涙がこぼれる。

「……師岡本部長、宜しいですか?」
 総務係長の言葉に、師岡本部長は一瞬コクリと頷いたかと思うと、プイッと明後日の方向を向く。
「では、これにて閉廷します」

 ***

 翌日、師岡本部長の降格と雄介の百貨店呉服部への復帰が発表された。
 その朗報を、宣伝部で美雪と柏田課長が社内メールで知る。
「……良かったな、夏野」
「ありがとうございます、課長。……でも、あの時まさか課長が来てくれるとは思いませんでした」
「いつも長いものに巻かれる俺なのに、か?」
「え? あ~、いやその……」
 少々焦り顔の美雪。
「バッカだね~、お前も。あの時、あの部屋ん中で一番権力持ってたの誰だよ?」
「えと……、あ! 社長!?」
「そう。俺は社長の考えに合わせただけ」
「でも、社長は何にも言いませんでしたよ?」
「俺が入ってったあの時まで何も言わなかったってことは、師岡本部長を庇う気はもうなかったってことだ」
「え? だから入ってきたんですか?」
「当然だ。それが確信できたから入ったんだよ」
 柏田課長の得意げな顔を見て、美雪はハァと溜め息をつく。
 そして席についた美雪は、夜美に電話をかける。

「……あ、夜美? ありがとう。あなたのおかげだわ」
「なーに、軽いもんよ。ハッハッハッ! ……でも良かったわねー。また久保さんと一緒に働けることになって」
「え……!? それどういうことよ!?」
「どーもこーも、そーいうことに決まってんじゃん!」
「いや別に私は……!!」
「まーまーまー。でも、私はどっちかって言うと、親友さんの方が好みかなあ?」
「親友さん?」
「滑川さんって人。今回はねー、その人が久保さんを説得して委員会に出させたようなモンよ?」
「そうだったの……」
「なんと私と同じ中学校の教師なのよ! こりゃいっちょ迫ってみるか……」
「ちょ……、夜美! あなたまだ離婚成立してないんじゃなかった!?」
「あらら? そーだったっけなー? ハッハッハーーー!!」

 美雪と夜美、ふたりの恋路はまだはじまったばかり……。

(了)

「和裁って無駄がない」by 和印3号

2024.09.17 (火) 

多くの着尺(きじゃく=着物1枚分の反物)は巾38~40cm(鯨尺1尺)前後、長さ12~13m(3丈3尺)前後です。
裏地がつく袷(あわせ)の場合は4.2m(1丈1尺)前後の八掛(はっかけ。裾まわしとも言います。表地の色に対してどんな色を選ぶかはセンスの見せどころ。)と、8.4m(2丈2尺)前後の胴裏(どううら。白い薄い布)を裏地として使用します。

裁断は、丈と巾に真っ直ぐ裁ちます。
例外もありますが絹ものは基本的に地の目を通して裁ちます。仕立てたい丈よりも長めに裁ちます。

袷(10月~5月用)の場合、裁断した表地8枚と裏地17枚の長方形の布を、縦、横、斜めにほとんど真っ直ぐ縫います。丸く縫うのは袖の袂(たもと)の丸みくらいです。
余分な部分(縫い代)は洋裁のように切り落としたりせず、外に響かないようにきっちりと折り畳んで納めます。この縫い代の始末が着物の仕立て上がりの良し悪しを左右します。

長めに裁った布は、身頃なら着用時に帯で隠れるところ(腰)に縫い込んでおきます。その縫い込みを「内揚げ」と言います。
内揚げは「未来への可能性」です。
例えばよく着用したことにより裾が傷んだときに裾を切っても内揚げから出して修理すれば元の身丈を保てます。
また、元より大きい寸法に仕立て替えることができます。
例えば祖母→母→娘と譲る場合に役に立つかも知れません。
残布を別用途にしたいので内揚げ無しで仕立ててください等の要望が無い限り、「可能性」を縫い込んでおきます。

絹は経年で縮みが生じます。
表地の縮み具合と裏地の縮み具合が異なることが多く、表裏が綺麗に添わなくなると、洗い張りをして仕立て直しをおすすめします。程度によっては着付けで融通したり部分修理で済むこともありますが…。
縫っている糸も経年劣化しますので、仕立て直すと糸も新しくなり安心です。

着物をほどき、長方形のパーツを元の状態に並べ縫い合わせて反物状に戻します。反物状に戻すこと及びその縫い目のことを「端縫い(はぬい)」と言います。
昔は手縫いでしたが、現在は糸がしゅるしゅるとほどきやすい端縫いミシンで縫われます。

とき端縫い→洗い張り→しみ抜き等、悉皆(しっかい)屋さんでメンテナンスを終えたら、和裁士の出番です。
元のスジが残っている場合はなるべく隠すように融通したり、弱っているところには裏から布を当てて補綴(ほてつ)したりしながら仕立て上げます。
着物→着物はもちろん、着物→コート、着物→羽織(衿の天に接ぎ目が出ますが)に姿を変えることもできます。そんな際にも、無駄に切り刻むことのないようにできるだけ「未来への可能性」を考えます。

その他例えば、上前の膝あたりを酷く汚してしまい、しみ抜きしても直りきらないなんて場合、裏表使える生地なら表裏をかえて仕立て直せばその汚れは着用時に見えない下前にできます。
表裏を変えられない生地の場合は帯で隠れるところで切って上前と下前を入れ換えることができます。

和裁には、布を、一枚の着物を、大切にする精神が宿っています。

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