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和印 ニュース
WA-JIRUSHI  NEWS

夏野姉妹と和のある風景④「探偵登場」

2024.09.02 (月) 

「……はい。こちら愛鈴(めすず)探偵事務所。……あー、どしたの? ……フムフム、……フムフム。ほう? そりゃ面白い! 別の意味でも面白い! ……ああ、いやいやこっちの話。じゃ、早速調べるね」

 ここは某田舎町の小さな探偵事務所。
 ほぼ一人で何でもこなしてしまうここの若き女性所長、それがこの夏野夜美(なつの・やみ)だ。
 彼女は美雪の双子の妹。電話の相手は……、当然美雪だったのだろう。
「おっし! 一銭の儲けにもならない仕事かー。うひー! その方が逆に燃えるったら! ……素行調査は弊社にお任せ!ってね。……ちょっと古いか」
 一人で百面相をしながら何やらポーズを決める夜美。

 何かが、始まろうとしている……。

 **********
 **********

 秋も深まったころ、雄介は出向になった系列のスーパーで働いていた。
 アパレル関連つながりということで衣料品売場の係長として就任し、今までより上位役職が付いているものの、それは出向の常だ。
 本人としては、まずは商品を覚えるところからはじめざるを得ない。

「……紳士物、婦人物、それから子供……と、みんなまとめて見なくちゃなんねーのか。結構大変だな~。お、一応和服関連も扱ってんのね」
 品目コード表を見ながら売場を巡回する雄介。と、雄介の前に一つの人影が。

「こんにちは」
 それは美雪だった。
「うわっ、夏野さんじゃないですか! 久しぶりですね~」
「今回は、とんだことになってしまって……」
「ヘヘッ、まあしょうがないですよ。あーいう権力持った人に逆らってタダじゃ済まないってことは分かってたはずですからね~。自業自得……かな」
「でも、これは明らかに不当人事です! 私は逆に、師岡本部長こそ罰せられるべき対象だと思っています。久保さん、私があなたを百貨店に戻します!」
 力強く言い放つ美雪。
「……ありがとう、夏野さん。でも、もういいですよ。俺は大丈夫ですから。無茶なことすると、夏野さんまで飛ばされちまいますよ! んじゃあ、また」
 そう言って、雄介は引き続き商品のチェックに入っていった。
 その姿を凝視しながら、美雪が呟く。
「久保さん……。私は……」

  *

 変わってこちらは愛鈴(めすず)探偵事務所。
 夜美がPCのモニターを見て唸る。
「むぅ~、なるほど~。こいつは……悪党っつーより、ホントに無能なんかな?」
 と、一人の中学生男子が事務所に入ってくる。
「ちわ~」
「お、小林少年! 今日はなんだね?」
「あのー、僕は森川です。いい加減、その呼び方止めてくれません?」
「何を言うか! 探偵事務所に出入りする少年は『小林』と相場が決まっとるんだ!」
 夜美の悪ふざけは、どこまで本気なのか分からない。

「それはそうと夜美さん! コレ一緒に観ようよ!」
 そう言って、森川少年が鞄からDVDを数枚取り出す。

 手渡されたディスクケースを夜美がジッと見つめる。
「スパーク……マン?」
「うん! 担任の先生から借りてきたんだけどさあ、何か普通のヒーロー物とはちょっと違ってて、すっげー面白いんだって!」
 パッケージをマジマジと見る夜美。
「ふーん、何なに~? 恐怖公害人間!?」
「そうそれ! 公害伝染病になった人間を、ヒーローが命令だからって殺しに行くって話なんだよ!」
「え!? 何ソレ! ヤバいじゃん!! ……えっと、他のエピソードはと、無数のゴキブリの中から最も元気な個体を選んで怪獣化!? 人間が改造されてゴミしか食べられなくなる!? 交通事故死した少年の心が怪獣化!? IQを高める手術を受けた青年が怪獣化して人間に戻ったり怪獣になったりを繰り返し、最後は人間の姿で死にたいとスパークマンに懇願!? 失明したスパークマンを超能力少年が助けて絶命!? ……ちょっと待って、設定が全部ヤバすぎじゃない!?」
「すげーだろ!?」
「……いやその、こーいうDVDを担任が貸すって、どーいうワケ?」
「ああ、それはね、この先生のホームルームの時間には、いっつも昔の漫画やテレビ番組の紹介をしながら、僕らに人生の教訓を話してくれるんだ。これがすっげー面白くてさあ!」
「ふぅーん、変わった先生だね。……変わった先生なら、一度会ってみたい」
 そう言ってキラリと目を輝かせる夜美。

 *****

 数日後、森川少年の計らいで、森川の担任男性教師と夜美が放課後の教室で面会した。
「はじめまして。担任の滑川薫です」
 そう言って、夜美と握手する薫。
 
 ピキーン!
 何かを感じた夜美、握った薫の手をなかなか放そうとしない。
「あ……あの、ちょっと……」
「……おっと! すいません、つい!」

 あらためて対面に座る薫と夜美。
「夏野夜美と申します。こば……じゃなかった森川君は私の従弟にあたりまして、ご両親が共稼ぎなもんでウチの事務所にちょくちょく遊びに来てるんですよ」
「へぇ、そうなんですか。……何の事務所なんですか?」
「あーっと、ちょっと変わってるかもしれませんが、探偵事務所です」
「おお、それは凄いですね! 私の友人にも、昔探偵がいましたよ。年は私より一つ下ですが、非常に頼りになる仲間でした」
「ほおー、それは実に興味深い! 今はどうされてるんですか?」
「関東にある特殊科学捜査研究所に勤めています」
「特殊科学……と言うと、もしかしてSRIですか!?」
「あ、よく御存じですね」
「当然ですよ! 我々探偵からすると民間の花ですからね、SRIは」
「へぇ~、そうなんですね。……探偵業って、大変ですよね」
「ハハ、実際は地味な仕事が多いんですよー。素行調査とかね。今も毎日振り回されてます」
「ああ、なるほど。浮気調査か何かですか?」
「いえいえ。詳しくは言えませんが、ある百貨店の社員を調べてましてね……っとと、守秘義務守秘義務!」
 思わず口を押さえる夜美。

「百貨店……と言えば、私の親友が大阪の百貨店に勤めてるんですよ」
「……え、百貨店? え、大阪!?」
「はい。今は浴衣売場の主任とか言ってましたねぇ……」
 懐かしそうな目で中空を見遣る薫。
「ちょっ……、ちょっと待ってください。その人の名前、お聞きしても宜しいですか?」
「久保……雄介と言いますが?」

 固まる夜美。
 その夜美を見て不審がる薫。
「……え? まさか雄介が……調べられてるんですか?」

<つづく>

夏野姉妹と和のある風景⑤「それぞれの使命感」

2024.09.02 (月) 

「百貨店……と言えば、私の親友が大阪の百貨店に勤めてるんですよ」
「……え、百貨店? え、大阪!?」
「はい。今は浴衣売場の主任とか言ってましたねぇ……」
 懐かしそうな目で中空を見遣る薫。
「ちょっ……、ちょっと待ってください。その人の名前、お聞きしても宜しいですか?」
「久保……雄介と言いますが?」

 固まる夜美。
 その夜美を見て不審がる薫。
「……え? まさか雄介が……調べられてるんですか?」
「いやいやいやいやいや!! 違います断じて違います!! 久保さんは寧ろ被害者で、私が調べてるのは言わば彼の敵です」
 夜美の言葉に、思わず身を乗り出す薫。
「ちょっ、ちょっと待ってください。敵ってどういうことですか? 雄介に、何かあったんですか!?」
 明らかに動揺している薫。
 そんな薫の表情を見るや途端に心が躍ってしまった夜美は、逆に薫を問い詰める。
「久保さんは、アナタにとってどんな方なんですか?」
「どんなって……、親友です! じゃなくって、雄介がどうしたんですか!?」
「親友……ですか。それにしてはアナタのその取り乱しようは、尋常じゃないですね?」
「当たり前でしょう!? アイツに何かあったら、俺はもう……」
 そう言って頭を抱える薫。

「アイツ、俺……。なるほど」
 そんな薫をニヤニヤとした表情で見つめる夜美。と、不謹慎な自分に気づいて一つ咳払いをする。
「……と、それならアナタに一つお願いがあります」
「え……?」
「久保さんに会ってきてくれませんか? 私の調査を完結させるためには、最終的には久保さんの意志ってモンが必要なんですよ。……アナタなら、彼を動かせそうですから」
 そう言って、ニコリと薫に微笑みかける夜美。

 *****

 さらに数日後、薫は奈良県の住宅街にあるスーパーに来ていた。もちろん、雄介が出向になったスーパーである。
 夜美から粗方の事情を聞いた薫は、雄介の立場も鑑み、ひとまずメールで終業後に会う約束をした。

 現状を薫には内緒にしていた雄介だけに、突然の薫の訪問には相当な驚きがあった。しかし同時に、もっとも大切な人に隠し事をしていたという罪悪感を実感し、会って詫びなきゃいけないという純粋な気持ちも生まれていた。
 そして夜8時、近隣のファミレスで二人は落ち合った。

「雄介……」
「……薫」
 優しい眼差しで迎える薫に対して、雄介はやはりバツの悪い表情だ。
 一番奥のテーブルに案内された二人、その片側に悠が座り込む。
 しかし、雄介はテーブルを前にして立ちすくんだままだ。
「……どうしたんだ? 雄介」
「薫……。スマね!!」
 勢いよく頭を下げる雄介。
「お……おい……」
「……俺、お前には、どうしても……」
 そんな雄介を見て、薫が柔和な表情で語りかける。
「もういいよ、雄介。お前の気持ちは全部分かってる。何たって永遠の相棒だからな!」
「……薫」
「とにかく座れよ。俺が今日来たのは、お前に詫びてほしいからじゃない。お前を救う手助けをしたいと思ったからだ」
「え?」
 不思議そうな顔でゆっくりと席に座る雄介。
「こうなった経緯は大体聞いた。……お前らしくないじゃないか」
「いや、ちょっと待て。一体、誰に聞いたんだ?」
「探偵さんだ」
「た……探偵? 何で探偵なんだ?」
「お前をこんな目に遭わせた師岡本部長とやらの実態を、今調べてくれているんだ」
「師岡本部長!? えっ!?」
「依頼人は、宣伝部の夏野美雪さんだ」
「な……夏野さん!?」
 驚きとともに、ガックリと肩を落とす雄介。

「……ったく、余計なことするなって言っといたのに、あの人は……」
「お前のことを本気で心配しているそうだ。……で、探偵さんは、美雪さんの双子の妹なんだ」
「ええっ!?」
「ま、それはいいとして、美雪さんは恐らく、師岡本部長の言動や当時の状況から証拠になるものを見つけて、査問委員会にかけようとしているんだと思う」
「査問委員会?」
「ああ。そこでお前に対する異動を不当人事だと認めさせ、出向を取り下げさせる腹だろうな」
 薫の言葉に、暗い表情となる雄介。
「……どうしたんだ? いい会社仲間じゃないか」
「いや……」
 神妙な面持ちで、雄介は続ける。
「夏野さんの気持ちは嬉しいけど、あれは俺の責任だ。責任は俺が取って当然なんだよ」
「何言ってるんだ!? どう考えても、お前は足引っ張られた上に不当な異動を言い渡されたんだぞ!?」
「……そうじゃねーよ。俺は会社の方針に反抗した。だから背任行為だって言われても仕方ねぇ」
「でも、それは……」
「問題は、そこで俺は感情に任せて文句言うことしかできなかったってことだ。反論するなら、その改善策を提示しなきゃダメだろ。それをしなかったんだから、俺が責任取るべきだと思うんだよ」
「しかしな雄介。不当人事だってことは確かなんだ。これを許しちゃ、今後も同じような犠牲者が出るかもしれない。美雪さんは、そういうことも考えて調査依頼に踏み切ったんだと思うぞ」
「…………」
「……雄介!」
「ん、ああ。ありがとう。嬉しいと思うよ。……でもな、もういいんだ。さ、メシ食おうぜ!」
 明るく振る舞う雄介を見るにつけ、薫はその責任感の強さも痛いほどに感じ取り、それ以上は何も言えないのだった……。

 ***

 奈良からの夜行列車に乗り込まんとする薫。
 自分の行動、そして雄介の言い分を反芻し、はたとホームを振り返って列車から降りる。
「……俺は、男を全うしていなかった。雄介の言い分は正しいが、やはりここでアイツが犠牲になる必要はない! 男の条件とは、常に謙虚でいなければならないが、同時に強い信念も持ち続け、前へ前へと進んでいかなければらないということだ! 俺には、それを雄介に伝える義務がある!!」
 駆け足で駅から出ていく薫。その眼は、使命感に満ち満ちていた……。

 *****

 三日後、雄介がいた百貨店の社長宛てに一通の信書が届いた。差出人は美雪だ。
 そのなかには、師岡本部長がおこなってきた理不尽な指示や呉服部としての戦略事実、顧客の声などとともに、師岡本部長を査問委員会にかけるべく要望書が入っていた。
 社内通知では握り潰される恐れがあると考え、美雪は夜美がまとめた調査資料と査問要望書を、敢えて社長宛ての信書として郵送したのだった。

「ふむ……」
 内容物を全て確認した社長は、厳しい表情でどこかへ電話をかけはじめる。

 ***

 宣伝部の朝礼で、美雪が厳粛な面持ちで宣言する。
「今日、諸岡本部長の査問委員会が実施されます。大それたことをして皆さんに迷惑をかけることは百も承知です。でも、権力者の横暴をこれ以上黙って見ているわけにはいきません。……本当に申し訳ございませんが、どうかお許しください!」
 深々と頭を下げる美雪。と、柏田課長が静かに答える。
「……いいから行きなさい」

<つづく>

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